マイクロインデンテーションによる材料物性値同定手法の確立


概要

 急速な電子デバイス製造技術の発展により,電子機器の小型化・高集積化が急速に進んでおり,従来の材料試験に代わるマイクロメカニカルテストの確立が望まれている.マイクロインデンテーション試験では,材料表面に球や角錐の圧子を数μm程度押込むことで得られる,圧子押込み荷重(P)と押込み深さ(h)を逐次的に計測し,得られたP-h曲線から微小な材料の機械的特性を求めることが可能である.

 本研究では,実験から得られるP-h曲線に,有限要素法(FEM)解析結果を近づける逆解析手法を用いた材料物性値同定手法を提案している.またその際に,多点近似応答曲面法による最適化手法を導入することで,経験を基にしたトライアル&エラーに代え,コンピュータによる自動同定を可能にしている.さらには有限要素法を必要としない,簡易的かつ実用的な弾塑性材料の加工硬化特性同定手法について現在検討中である.


実験および解析手法

試験概略

▲試験概略図…マイクロインデンテーション試験の概要図を示す.ダイヤモンド製の圧子が材料表面に押込まれ,右図のような圧子押込み荷重(P)と,その時の押込み荷深さ(h)重が連続的にコンピュータに記録される.

FEMメッシュ

▲有限要素法解析…解析には二次元軸対称モデルを用いている.三次元解析が必要な角錐圧子は[高さ]/[表面積]が同じになる円錐圧子に近似して解析を行っている.近似による解析モデルの妥当性は事前に検証した.メッシュは圧子直下を細かく,圧子から離れるにつれて粗く作成することで,解析精度を損なわず計算時間を短縮している.

逆解析

▲逆解析の考え方…上図は逆解析の概念図である.まずマイクロインデンテーション試験によりP-h曲線を求める.その後,求める材料物性値を変化させながら有限要素法解析を繰返し,実験と数値解析のP-h曲線が一致した時に使用した材料定数を求める材料の物性値とする.

最適化
目的関数

▲最適化手法…同定する材料定数を設計変数とし,図のように同じ押込み深さにおける,実験および有限要素法解析結果の押込み荷重を読み取り,その差を最小化することで最適解を求める.最適化手法には多点近似応答曲面法を採用することで,有限要素法解析を最低限の回数にとどめている.材料物性値同定に最適化手法を併用することで,これまでは経験によるトライアル&エラーに頼っていた物性値同定を,コンピュータによる自動的かつシステマティックな作業に置き換えることができる.

FEMメッシュ1 FEMメッシュ2

▲高精度・低精度モデルの併用…左図のようにメッシュの細かなモデルを高精度モデル,右図のようにメッシュの粗いモデルを低精度モデルとする.高精度モデルでは計算時間は長くなるが解析精度が良く,低精度モデルでは計算時間は大幅に短いが解析精度が悪い.本研究では,両者のモデルにて幾つかの数値実験を行い,低精度モデルの目的関数値を高精度モデルに近づける補正関数を作成した.最適化プロセス中の有限要素法解析には低精度モデルを使用しながら高精度な解を求めることで,大幅に計算時間を短縮している.


材料物性値同定結果

同定結果1 同定結果2 Norton則

▲Sn-3.5Ag-0.75Cu鉛フリーはんだの粘塑性特性値同定・・・設計変数をNorton則式((1))中のnおよびAとし,材料物性値同定を行った.得られた最適解を用いた有限要素法解析結果と実験結果の比較が上図である.ここでの有限要素法解析には高精度モデルを使用している.使用した圧子はBerkovich圧子と半径100μmの球圧子である.いずれの曲線においても実験と有限要素法解析結果は,負荷,保持,除荷過程においてよい一致を示しており,提案した材料物性値同定手法の有効性が確認できる.

実験・解析比較

▲得られた解の妥当性を検証するため,同一材料の圧縮試験よりnAを求め,応力とひずみ速度の関係を両対数グラフにプロットして比較した.両直線はほぼ同一直線上に乗っており,得られた解が鉛フリーはんだの材料物性値であることがわかる.

加工硬化

▲加工硬化特性の同定…有限要素法解析を用いず,マイクロインデンテーション試験から得られるP-h曲線からダイレクトに金属材料の加工硬化特性を求める手法を検討中である.上図は,Ludwick則およびn乗硬化則に従う応力-ひずみ曲線を与えた材料に対して有限要素法解析を行い,得られたP-h曲線に本手法を適用して導出した応力-塑性ひずみ関係と,対応するLudwick則およびn乗硬化則とを比較したものである.ちなみに上記の例では,有限要素法は実験の代用として用いただけである.この方法が確立すれば,より簡易に材料の加工硬化特性を得ることが期待できる.


本研究に関する論文・発表など

・新畠数洋, MA Xin, 濱崎洋, 吉田総仁: Sn-3.5Ag-0.75Cu鉛フリーはんだ材料のマイクロインデンテーションにおける速度依存性挙動, 日本機械学会材料力学部門講演会講演論文集, No.02-05, (2002.10), pp.227-228.

・H. Hamasaki, F. Yoshida, K. Shinbata and V.V. Toropov: Identification of material properties for lead-free solder using micro-indentation experiments, FE simulation and optimization, Short Papers of The Fifth World Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization(WCSMO5), (2003.5), pp.101-102.

・濱崎洋, 新畠数洋, V.V. Toropov, 吉田総仁: 微小圧子押込み試験, 有限要素法解析および最適化手法によるSn-3.5Ag-0.75Cu鉛フリーはんだのクリープ定数同定, 第54回塑性加工連合講演会講演論文集, (2003.11), pp.501-502.

・新畠数洋, 井上匠, 濱崎洋, 吉田総仁: マイクロインデンテーションによる鉛フリーはんだの材料物性値同定, 日本機械学会中国四国支部第42期総会・講演会講演論文集, No.045-1, (2004.3), pp.67-68.


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